今日は、公立高校入試の日でした。
お母さん、本当に本当に、お疲れさまでした。
朝、目覚ましより先に目が覚めてしまったり、
子どもの顔色を見て「大丈夫かな」と息をのんだり、
家の空気を静かに整えるだけで、もう疲れてしまったり。
きっと今日の一日は、**試験そのもの以上に“心が忙しい日”**だったと思います。

「試験日」より前に、すでに何度も勝負の日があった
不登校の経験がある子の受験は、
入試当日だけが勝負じゃないんですよね。
- そもそも朝、起きられるか
- 制服(または受験の服)を着られるか
- 家を出られるか
- 人がいる場所に入れるか
- 途中で苦しくならないか
- 「やっぱり無理」と言い出さないか
…そんな“当たり前”が、当たり前じゃなかった日々。
「勉強させなきゃ」より先に、
「今日は生きてるだけで十分」って思った日もあったはずです。
だから今日、会場に向かっただけで、
もうそれは、立派な“合格級”の一歩です。

ここまで来たお母さんは、ずっと一人で戦ってきた
不登校の子を支えるって、
目に見える成果が出にくいから、余計に苦しいんですよね。
頑張っても、すぐに状況が変わるわけじゃない。
周りは普通に学校へ行って、普通に受験の話をしている。
親戚やママ友の何気ない一言が刺さる日もある。
「親の育て方」みたいな空気に、勝手に責められる感じがする。
それでもお母さんは、
毎日、子どもの心が崩れないように、
家の中の空気を守ってきました。
今日まで来たのは、子どもの力だけじゃない。
お母さんが、折れながらも手放さなかったからです。

受験生本人は、案外“すごいこと”に気づいていない
不登校の経験がある子ほど、
「できたか、できなかったか」だけで自分を裁きがちです。
でも本当は、
- 逃げたくなる気持ちを抱えたまま会場に行った
- 体調や不安をコントロールしながら座っていた
- 緊張の中で答案用紙に向き合った
それって、ものすごいこと。
だからお母さんから、今日だけは言ってあげてほしいんです。

「結果の前に、今日ここまで来たことがすごい」
「逃げなかったの、かっこよかった」
お母さんの一言は、
この一年の苦しさを“意味のある経験”に変えてくれます。

今日は反省しなくていい。分析もしなくていい。
「もっと勉強させておけば…」
「この選び方で良かったのかな…」
「点数、足りるかな…」
考え出すと止まらないの、分かります。
でも今日は、親子ともに疲れ切っています。
心が弱っている日に結論を出すと、必要以上に苦しくなります。

だから今日は、
**“受験の話をしない時間”**を意識して作ってあげてください。
温かいものを食べて、
あったかいお風呂に入って、
早めに布団へ。
それが、明日以降の不安に飲まれないための、いちばんの対策です。

お母さんへ。今日のあなたは、十分すぎるほど頑張った。
不登校の経験がある子の受験は、
「受験に受かる」だけじゃなくて、
「未来へ行ける感覚を取り戻す」ことでもあります。
今日、お母さんがしたことは、
子どもが未来に向かうための“土台”を守ったこと。
それは、誰にも見えないけれど、
確実に子どもの中に残ります。

どうか今夜だけは、
自分にこう言ってあげてください。
「今日まで支えた私も、よくやった」 と。
お母さん、本当にお疲れさまでした。
今日は、ゆっくり休んでください。







